2018 年
6月 水無月
June
「菩薩の用心は、皆慈悲を以て本となし、利他を以て先と為す。」
日本に伝わった仏教は、大衆のために、あらゆる立場を越えて、ともに良い考え方を身につけ、それを習慣とするための教えです。
自分を厳かな場所に置き、他人の安心を先に考えて、すべての行動を制御していくので、菩薩の行いと言われます。
ところが、日本では、大きさや、迫力や、押し出しの強さでお寺や、宗団の評価をしてしまっています。
ともすると、より一層印象を残すために、どれだけの宣伝をしようかと、有らぬ方向に努力が向けられるようになりました。
変だとは思いませんか。そこには、静けさも、奥ゆかしさも、優しさも、況や、菩薩の行いなど何処にも見当たりません。
先日、ベトナムから訪日した、禅僧と共に、瞑想を行う機会がありました。
お国柄かもしれませんが、その僧侶の方々は、まことに野に咲く小さな花のように、厳かで優しく、回りに配慮しながら、静かにただそこに居られました。
仏様の大きな知恵は、かえって愚かに見えるのかも知れません。
第二団 事務局 川上修詮